横山国大七不思議   作  虹川 京

 

登場人物

(横山国立大学推理小説研究会)
・ 綸(りん)太郎(たろう)……………教育人間科学部二年
・ 港(みなと) 未来(みらい)…………経済学部二年
・ 和田(わだ) 真知子(まちこ)……工学部二年
・ 保土ヶ谷(ほどがや) 駆(かける)……教育人間科学部二年
・ 常盤(ときわ) 大(だい)…………経営学部二年
・ 三ツ沢(みつざわ) 上(のぼる)………経済学部一年
・ 三ツ沢(みつざわ) 下(くだる)………工学部一年

(その他)
・ 星川(ほしかわ) さくら……教育人間科学部二年

問題編

横山国立大学。

これは僕が通う学校だ。この大学は、校舎が丘の上にあり、周りをたくさんの木々に囲まれている。それはまさしく横“山”であり、まったくぴったりな名前を付けられたものであると思う。そんな横山国大には四つのすばらしき学部が存在する。まずは僕が所属している教育人間科学部だ。この学部には学校教育課程をはじめ、マルチメディア文化・地球環境・国際共生課程といったどこが“教育”なのかよくわからない課程を含め、四つの課程が存在する。次に経済学部。この学部には自治会なるものが存在し、いろいろな活動を行っている。最近では、「イラク戦争反対」を訴えている印象が強い。それから経営学部。別名・横山国立経営短期大学である。この学部は、一・二年のうちの単位取りを頑張れば、あとはとても楽勝な生活を送ることができるらしい。最後に工学部。この学部は実験棟などがたくさんあり、横山国大のキャンパスの大部分を占めている。しかし、学部内における女子の割合は非常に低く、横山国大の男女比に多大な影響を与えている一番の要因である。僕はこの大学に通い、それなりの成績をとり、それなりにバイトとサークルをやって平凡ではあるが、毎日をそれなりに楽しく過ごしていたはずだった。あの日、この横山国大であんな事件さえ起こらなければ・・・。

それはある晴れた春の日のことだった。この時期は横山国大ではたくさんの桜が咲き乱れ、幻想的でとてもきれいだ。また、新入生歓迎期であり、いろいろなサークルがすばらしき新入生たちをぜひぜひ我がサークルに、とそれぞれ勧誘を行っている。ちなみに僕は推理小説研究会というサークルに入っている。我らがミス研も勧誘を終え、僕はそのミス研の友達と一緒にキャンパスを歩いていた。

「だから、そもそも新本格(注1)というのは…」

僕の右隣を歩いている和田真知子が得意げに言った。

「またですか?もう勘弁してくださいよ。さっきから同じことばっかり。これで三度目ですよ。もう和田先輩のうんちくにはうんざり」

「そうですよ、先輩。この前は後期クイーン問題(注2)についてさんざん語っといて今日は新本格ですか。綸太郎さんも何とか言ってやってくださいよ」

数日前にミス研に入ってくれた双子の三ツ沢兄弟が不満をもらした。

ちなみにここで綸太郎と呼ばれているのが僕である。実はこれはあだ名であって僕の本名とはまったく関係ない。ただ、僕が海苔が大好物であるために、海苔(のり)好き(ずき)→法月(のりづき)ということで推理作家の法月綸太郎(注3)にちなんで付けられたあだ名だった。命名者はミス研のアイドル的存在の港未来。ミス研らしいといえばミス研らしいが、さすがに少し恥ずかしい気もする。自分で言うのもなんだが、未来と僕は俗に言う友達以上恋人未満の関係だった。そこに、その名付け親が会話にわって入ってきた。

「もう真知子ちゃんもそのへんにしときなよ。それよりさ、国大七不思議って知ってる?」

国大七不思議。どこの学校にでもありそうなチャチな話の国大版だ。

「知ってるよ。丑の刻、無人のサークル棟から太鼓の音が聞こえてくる。誰もいないはずの体育館からボールをつく音。野音の噴水から血の噴水が出る。授業で教授が出席を取ると、出席人数より多くの返事が返ってくる。夜中に経済学部棟裏の田尻常雄先生の像が動き出す。図書館の電気が勝手に点いたり消えたりする…だったかな」

ホントにどうでもいいような七不思議だ、と思いながら言った。

「そうそう、あれこわいよねー。ってあれ?何か一つ足りなくない?」

「そんなことよりさあ、おなか空かない?」

真知子がいかにも機嫌悪そうに言った。

「そうだな。この辺で昼飯とするか」

シェルシュで昼食を食べていると、同じミス研の保土ヶ谷駆と常盤大がやってきた。すると常盤がいった。

「しっかし今日は桜がきれいだなあ。ホントきれいにも保土ヶ谷区(注4)!ってか!」

……………。

……………。

……………ひどい。あまりにもひどい。あまりにも地元ネタ。僕は、『おまえのネタこそひどいにも保土ヶ谷区!』と言い返そうとしたが常盤と同レベルになりたくなかったので無視することにした。

それから、席に座るなり常盤は真剣にスポーツ新聞を読み始めた。

「おいおい、また競馬かよ」

保土ヶ谷がすぐにツッコミを入れた。

「別にいいだろ。今度の日曜はG1レースの皐月賞があるんだ。これははずせねーよ。てかさ、競馬の何が悪いんだ?俺は競馬で推理力を鍛えてるんだよ」

でた、常盤お得意の屁理屈戦法だ。もうこうなったらこいつはほっといたほうがいい。

「そっか、来週の日曜は皐月賞か。まあいいんじゃない?でも金の使いすぎには気をつけろよな」

僕はどうでもよさそうに言った。

「へいへい」

常盤からぶっきらぼうな返事が返ってきた。そのとき急に保土ヶ谷が怒り出した。

「そんな言い方じゃだめだよ、綸太郎。こいつにはもっとしっかり言ってやらないと。大体こいつ、部費を勝手にギャンブルに使ったことだってあったし。こんな奴ミス研には、いらないよ!」

「なんだと!」

常盤が保土ヶ谷をにらみつけた。

「そんなこと言ってる保土ヶ谷だって私に借りたお金、まだ返してないでしょ!人のこと言う前にまず自分のことを考えてよ。もう何ヶ月借りっぱなしだと思ってんの!」

今度は真知子が怒りながら保土ヶ谷をにらみつけた。

「いや、まぁそれは、そのうち…」

なんとも言えない不穏な空気が流れた。

「まあまあ、みんな!こんなとこでけんかしないでよ!常盤君は早く部費返してよね。それから、保土ヶ谷君も真知子ちゃんに借りたお金を早く返してあげなさい!」

なんとかその場はアイドルの一言で丸く収まった。

その後、僕たち七人はシェルシュを出て、またキャンパス内を歩いていた。すると、後ろの方から保土ヶ谷と常盤の会話が聞こえてきた。どうやら競馬の話をしているようだった。

「常盤、さっきは悪かったな。仲直りのしるしに今度の日曜、一緒に出かけないか。バイト代も入ったばっかだしな。どの騎手が人気があるか教えてくれよ。それと賭け方もわからないから教えてくれないか。何か他の人に聞くのも恥ずかしくてさ。ホントはさくらと行く予定だったんだけど、あいつその日用事ができちゃってどうしても行けないらしいんだ。せっかくさくらも楽しみにしてたのに残念だよ。そこで、しょうがないからお前と一緒に行こうと思うんだけど、いいだろ?」

すると、常盤は笑顔で答えた。

「ああ、わかったよ。俺こそさっきは悪かった。今度の日曜日だな。なんだよ、お前も好きなら好きって言ってくれればいいのによ」

「え?何が?…おっといけない。もう一時じゃないか。さくらと会う約束してたんだった。じゃあ、またな!」

保土ヶ谷はそう言い残すとあわてて去っていった。

「ラブラブなお二人さんだねぇ」

真知子が去っていく保土ヶ谷の後姿を見つめながらつぶやいた。

このとき、すでに悲劇の歯車は廻り始めていたのだ。狂々、狂々と…。

 次の日曜日の夕方、時刻は午後七時、僕たち推理小説研究会一同は野音(野外音楽堂)に集まっていた。ミス研の保土ヶ谷駆が野音で他殺体で発見されたというのだ。現場にはたくさんの刑事たちがうろうろしていた。僕は悔しくてたまらなかった。自分の親友を殺した犯人を何としてでもこの手で捕まえたかった。これは現実に起こった事件であり、推理小説とは話が違う。単なる推理ごっことは違うことは十分解っていた。しかし、僕たちは親友の仇を討つため捜査を始めた。

警察の人たちの会話を立ち聞きしたりして集めた情報によると、保土ヶ谷の死亡推定時刻は今日の午後三時から午後四時の間。何者かに鈍器で殴られて殺されたらしかった。現場には保土ヶ谷のものと思われる血痕が飛び散っており、事件の悲惨さを物語っていた。そして、ただ一つ現場には妙な点があった。保土ヶ谷は二枚のトランプを手にして力尽きていたのだ。手品好きの保土ヶ谷が、おそらく持ち歩いていたトランプから故意にこの二枚を選んだのだろう。二枚のトランプはスペードのAとハートのKだった。真知子が目を光らせて言った。

「これは…ダイイングメッセージね。いったいどういう意味を表しているのかしら」

「あっ!わかりましたよ、先輩!これはあの英国の、あまりに有名な女流作家、アガサ・クリスティのイニシャルを表しているんです!」

小学校の優等生のごとく三ツ沢上が言った。

「ばか。アガサのつづりはAgatha Christieでしょ。だったらAとCになるはずよ。それくらいミス研だったら覚えときなさい」

まったくこの人のミステリ知識にはいつも驚かされる。さすがミス研のエース、和田真知子!とそんなことを考えていると、三ツ沢下が言った。

「野音の噴水から血の噴水が噴き出す。これじゃ国大七不思議の一つとまったく同じじゃないですか!」

「きゃあ!そ、そんな…怖い!」

未来が僕の腕にしがみついてきた。

「安心しろ、未来。この世に呪いなんかねーよ。いるのはどこかで息を潜めている凶悪な犯罪者だけだ」

と僕は言いつつ、『はっ、今の僕、なんかかっこよかったかも!』と思ったが、そんなことを考えた自分が恥ずかしくなり、話を変えるために僕はみんなに質問をした。

「なあみんな、今日の午後三時から午後四時まで何してた?」

まず、未来が答えた。

「私はずっと家にいたよ。証明してくれる人は、いないけど…」

次に、真知子。

「私はその時間、コンビニでバイトしてたわ。途中トイレや休憩で抜けた時間もあったけどそんなのちょっとの時間だし関係ないわよね。調べてもらえれば、わかると思う」

それから、三ツ沢兄弟。

「僕たちは、桜木町に遊びに行ってました。証明できるものは、このコンビニのレシートぐらいですね」

コンビ二のレシートには確かに桜木町の店のもので、今日の午後三時半と時刻が記されていた。

そして、常盤。

「俺は朝から保土ヶ谷と二人で中山競馬場に行ってたよ。そしたら一時ごろだったかな。保土ヶ谷が急に帰っちゃってさ。俺は皐月賞を見るためにずっと競馬場にいたけどね。まあでもそれを証明できる人はいないな。そうそう、保土ヶ谷の競馬初心者っぷりは面白かったよ。賭け方がわからないとか、どの騎手が人気あるんだとか。あと、あいつが忘れていった馬券とあいつが買ったスポーツ新聞、今持ってるよ。調べてもらえば保土ヶ谷の指紋が出るんじゃないかな」

次は、僕の番。

「そっか。ちなみに僕は未来と同じく、家に一人でいた。証明できるものはない」

その後、真知子はその時間コンビニでバイトをしていたということ、コンビ二のレシートが桜木町のものであるということが証明され、保土ヶ谷が買った馬券と新聞から保土ヶ谷の指紋がきちんと発見された。

それから数日の間、その事件に関して何の進展もなかった。しかし、ある日未来が手に入れてくれた情報により事件は解決へとむかった。

「ねぇ綸太郎、今日英語の授業で保土ヶ谷君の彼女の星川さくらさんと一緒になって、少し話をしたんだけどね。やっぱりかなり落ち込んでたよ。そりゃそうだよね、彼氏が殺されたなんていったら誰だって落ちこんじゃうよね。あと、保土ヶ谷君の彼女ってギャンブルが大嫌いだったらしいんだ。それでね…」

ふーん、そりゃー落ち込むだろうな。俺だって未来が誰かに殺されたりしたら…って、え?いまなんて?

「な、なあ未来、いま何て言った?」

「だから…」

もう一度未来の言葉を聞いたとき、僕の頭の中で何かが起こった。一言で言えば、集束。硬い陶器の壺が割れてバラバラになる映像を巻き戻しで見ているような感覚。それはまた、事件の収束と終息への幕開けであった。

「未来、保土ヶ谷ってアレもってなかったよな?」

「うん、そうだよ。いまどきアレを持ってないなんてめずらしいし、保土ヶ谷君も早く欲しいって言ってたけど、それがどうしたの?」

「やっぱりそうか。どうやら僕たちは大きな勘違いをしていたようだな。未来、今からミス研のみんなを野音に集めてくれないか?」

「え?ってことはまさか…」

「ああ」

僕は思いっきり深呼吸をして言った。

「さあて、解決編といきますか」

(注1) 推理作家の島田荘司の推薦をうけデビューを果たした、本格ミステリを創作する新鋭の推理作家のこと。代表的作家に綾辻行人・我孫子武丸・法月綸太郎・歌野晶午などがいる。
(注2)「事件の証拠が全てそろったことを、作品内の探偵が作品内在的に証明できるのか?」という問題。その問題について悩みながらエラリィ・クイーンが発表した作品群を「後期クイーン作品」と呼ぶ。
(注3)京都大学在学中、推理小説研究会に所属。88年『密室教室』で作家デビュー。作家と同名の「法月綸太郎」が探偵のシリーズが人気。
(注4)横山国大が位置する区の名前。「ほどがある!」と「保土ヶ谷区!」をかけたつもりらしい。笑ってやってください。

読者への挑戦状

さて、以上が問題編となります。読者の皆様方には、真相を推理していただこうと思います。真相を推理するための材料は、すべてこの問題編の中に隠されています。それでは、次の質問にお答えください。

1. 犯人は誰か?(登場人物の名前を書いて下さい)
2. 綸太郎が言う犯人を決定する決定打となった「大きな勘違い」とは何か?(100〜200字程度)
3・ 保土ヶ谷が残したダイイングメッセージ(スペードのAとハートのK)は何を意味するのか?